概念説明

主体とは?

概念について

「主体」の意味に歴史的な変遷はありますが、所有や中心的位置を示す漢字「主(しゅ・ぬし)」と、身体を指す「体(たい・からだ)」を組み合わせた単語からは、身体的で実践的な活動を通して世界を知覚しながら体現することを私は連想します。また、主体は「主観」と比較されることが多い単語ですが、主観は同じ「主」の漢字に「観」(かん・みる)を組み合わせることで視覚的対象を観察する眼と、眼(自我)が生成する内的な対話や私的な感情を指します。主観でも客観でもない主体は英語にはない概念です。訳すのが難しいだけでなく、主体それ自体がその表象と区別されなければならないため、日本語でも説明するのが難しいのです。主体については「言語と意識」のページで触れる国語学者の時枝誠記(1941)が言語過程説という理論的枠組みに位置付けて、言語の具体的な経験を産出する活動として説明しています。その活動は経験をもたらすもので、経験そのものや経験されたものではないため、表象するのが非常に困難です。しかし、その同じ理由から主体は断絶や停滞、不確実な状況に連続性をもたらし、歴史をつくる運動として非常に重要でもあるのです

日本近現代史における主体概念

主体は、存在論と認識論のそれぞれにおいて異なる変遷を遂げました。主体の存在はその人や活動が「主体」として認識される以前から、近代化という伝統や慣習を否定する出来事を、受け身の姿勢ではなく意味のある経験へと積極的に変えていく姿勢や活動とともに現れたと言えます。例えば、女子体育教科のパイオニアだった女性研究者・教諭らなどは主体の存在論的原型です。女子体育は近代教育制度ができた明治時代からありましたが、女子高等師範学校の国語体操専修科という教科の中で、国語の「おまけ」のような形で教えられていました。しかし大正時代に入ると、単なる「おまけ」的な体操ではなく身体を通して表現するダンスが教科の中心に据えられるようになり、また女子体育のパイオニア的研究者・教諭はダンスを通してその頃の社会を分断しつつあった軍国主義と自由主義の流れを媒介しながら教科を発展させていきました。

認識論としての主体は、その存在論的実践や過程とは異なる軌跡をたどって発展しました。主体が概念として公に発言されたのは1942年の「近代の克服」シンポジウムです。京都学派の哲学者・西谷啓治が「如何にしても対象化され得ない、従って科学の視野にも這入って来得ない唯一のもの」と定義して「主体的無」という単語を用いました(河上・竹内1979[2017], 14)。その後1946年には、主体性論争が文学界や哲学界で湧き上がり、マルクス主義の思想をもとに主体性が議論されました。この時の論争はその後も社会的な影響力を持ち続け、革マル派の黒田寛一などは主体概念を通じて学生運動の思想形成を図ったほどです。そして70年代に入ると認識論としての主体は大きな転換点を迎えます。芸術家たちがマルクス主義的言説から離れ、主体性を日常的な実践へと転換させる実験を始めたのです。

もの派を批判した彦坂直樹を含む「もの派」と呼ばれる芸術家たちは、60~70年代の激動の時代を体現する主体的存在の代表的な例だと言えます。しかし物の「ものらしさ」を引き出すために表象することに抵抗した彼らの作品は突如として現れたのではなく、彼らの大学時代の指導教官である斎藤義重(1904-2001)の影響を受けて開花しました。斎藤は大正時代(1912-1926)の自由主義、昭和初期(1926-1989)の軍国主義、第二次世界大戦とその敗戦という、イデオロギーが幾度も反転する社会情勢を生き抜いた芸術家です。もの派の作品は物の「ものらしさ」やそれ自体の代謝的な変化を可視化させ、主体の表現が身体から「もの」へと広がりを見せたことを語っています。

主体は今日、教育学的言説として確立されています。文部科学省の学習指導要領にも「主体的・対話的で深い学び」が重要であることが記されています。教育学の中でも主体概念は様々な解釈で用いられていますが、私が定義する21世紀の主体は身体やものの媒介者として変化を表現するだけでなく、環境の媒介者として環境の変化を表現しながら環境に適応する活動が含まれます。この点についてはアメリカン・スポーツ・インスティトゥートが開発した脳と身体の統合的学習方法論とカリキュラムのファースト・アレーテと呼ばれる身体活動プログラムを東京の公立小学校2校で実施した調査結果を通してこれから論文で明らかにする予定です。

代謝的社会学とは?

代謝的社会学という概念は次の3つの思想や哲学に由来します。1)マルクス主義研究者や環境社会学者によって構築された「社会的代謝」という概念。2)教育学者の上田薫による「動的調和」の概念。そして、3)哲学者のハンス・ヨーナスによる「新陳代謝」の概念。

代謝社会学は、「社会的代謝」という概念が社会を環境との関係性において理解しようとした点では類似しているのですが、その関係性を理解するための視点や方法論は異なります。社会的代謝とは、社会進化が生物学的進化と相互依存関係にあって、それらが比喩的に関連付けられる可能性があるという考え方です(Molina and Toledo 2014)。そのもとで社会的代謝は人間社会と自然界の間におけるエネルギー・物質・情報の交換を自然科学の視点や方法論を用いて研究します。それと比較して代謝的社会学は人間一人ひとりが生命的活動を通して主体となる自己形成と変化の過程、更に主体それぞれによる実践や協働が代謝的につくり変える文化とその歴史を学問の軸に据えている点において異なります。

マルクスは資本主義経済が自然から搾取し、自然を汚染することで生態系を弱体化させ、人類と自然の動的調和を断絶する「代謝の断絶(metabolic rift)」をつくるとして資本主義を批判しました。マルクスの批判は、資本主義経済システムによる天然資源の搾取という物質的な枯渇に焦点を当てていますが、その根底にはより深い哲学的な課題が潜んでいることを哲学者のヨーナスや、ヨーナスの哲学を現象学として読み直した哲学者のルノー・バルバラは明らかにしています。つまり、マルクスが指摘する物資世界からの代謝的断絶は、バルバラが論じる生命の現象と現象学的認識との間に生じる「ずれ」あるいは「不調和」に起因すると理解できます。バルバラは「ずれ」を次のような哲学的問いとして立てます。「この不均衡な状態、あるいは思考が生に対して行うこの種の綱渡りは、思考という事実から生まれるのか、それとも生命そのものの事実から生まれるのか」(2022, 4)。

バルバラがこの問いを立てた半世紀前、そしてヨーナスが著書『生命の哲学』(1966)を出版した直後、日本では教育学者の上田薫が「ずれ」と「動的調和」という概念を通してバルバラが掲げた思考か生命かの問いを教育学的な観点から論じました。上田はまた、京都学派で知られる哲学者の西田幾多郎の孫でもあり、上田の教育学には西田哲学がより実践的に教育現場で活かされるよう受け継がれています。

バルバラの問い、つまり人間による天然資源の搾取は生命と思考の間に生じるずれに起因するのか、あるいは生命と思考に動的調和がもたらされたとしても起こる現象なのか、に対する上田の回答は「両方」ではないかと想像します。上田によると学びは世界との・からのずれを通して行われ、その時々のずれを克服していくことで我々は世界や他者との動的調和を生み出すことができるのだと述べます。ずれを通した学びは計画的な実践や論理的な実装ではないことも上田は指摘します。学びが我々人間によって行われる以上、計画的に物事を推し進めても何かしらのずれが生じることは免れないと述べます。

代謝的社会学はずれを通した学びと主体となるための実践をその枠組みに取り込むことで、重層的な現実の如何なるレベルでも変革が起き得る可能性を担保します。このような社会学を築くためには私たち自身が個人として、そして社会として「ずれ」ていることを認識し、想像の共同体を表象するようなアイデンティティーとして他者と出会うのではなく、お互いに個性的で歴史的にずれた人間として出会う必要があるのです。代謝的社会学はこのようなずれにこそ個々人に固有の学習環境や学習経験が形成される素地があることの理解と、そのような理解を通じた他者との協働や共創を促進する学問です。代謝的社会学はアンソニー・ギデンズやマーガレット・アーチャーなどによる近代社会学がエージェンシーや共同エージェンシーを問題視するのに対し、それらを育成する点において異なります。

代謝社会学が「代謝的」な理由の一つに、その状況、状勢、時代などによって主体の活動や意味が異なる点が挙げられます。主体が媒介する変化はほとんどの場合、少しずつ段階的に起こります。しかし時折、変革は社会運動のように突如として現れることもあります。例えばミシェル・ド・セルトー(1970)は、1634年にフランスのルーダンで悪魔に「憑かれた」とされたウルスラ会修道女たちの事例を分析しました。同様に小熊英二(2009)は1960年代日本の学生運動をめぐる言説を検証しましたが、運動の本質は捉えどころがないと結論づけています。このように如何なる社会でも、ある世代やグループが精神的、政治的、あるいはその両方を兼ねた「ヒステリックな」状態で行動したと説明される事例が存在します。

理性や論理ではなく生命の力が宇宙の盛衰を支配するという世界観は、多くの先住民族の信仰に共通します。これは、生命を物質的・経済的な価値感からでのみ評価する際に失われる視点です。代謝的社会学は経済優位主義的視点から脱植民地化する一つの方法として、こうした先住民族の信仰と実践を適応的知性(Sternberg 2021)や天然知能(郡司 2019)として尊重し、価値づけます。