主体となる媒介者
「消滅する媒介者」という概念はフレデリック・ジェイムソン、アラン・バデューからスラヴォイ・ジジェクに至る著名な学者らによって、対立や矛盾を媒介する概念・実践・個人の一時的な表出過程を説明する際に用いられています。しかし「消滅」するように見えるのは、社会現象の歴史性を理論化するヨーロッパ知識人からの見え方であって、主体の視座ではないのです。つまり、彼らの分析対象はヨーロッパから輸入された理論を翻訳する私の実践的主体に他ならない。だからこそ、私は消滅しない!と訴えたいし、主体となるために訴えなければならないのです。このような理由から私は「消滅」よりも媒介者に「なる」活動として主体を論じ、私の主体的に「なる」過程が彼らの「消滅」に対する矛盾を媒介しながら、西洋・東洋の垣根を越えた「私たち」の集合的な歴史づくりに寄与したいと思っています。
主体への道のり
私は日本とアメリカの間で育ちました。父は日本の大手電機メーカーに勤め、教育者である母は子どもにバイリンガル教育をさせるために平日はアメリカの公立学校へ、週末は日本の補習校へ私を通わせてくれました。二つの世界を行き来したこの幼少期の経験が、人々の生活パターンや環境などを形成しながら形成される文化への生涯にわたる関心を醸成したのだと思います。
大学で文化人類学に出会った時、私はこれまでの生活で言葉にできないけれど自分のずれている、歯がゆい感覚を言葉にできる学問なのではないかと考えました。大学院では社会学理論をたくさん教わり、それまでのずれた感覚を理論的に説明できるようになったことは解放感をもたらせてくれました。しかし、例え自分が開放された気分でも日本社会が直面している数々の課題を解決するための実務的なスキルではありませんでした。
大学院を卒業して社会に出てみると教員から会社員、政治家などのあらゆる人々が、自身や他者が「主体的になること」を、そうすることが世の中の社会問題がすべて解決できる、魔法の言葉のように使っていることに気が付きました。しかし誰も「主体」が実際に何を意味するのか、明確に説明できていないように感じたのです。
私は「主体」を概念的に明らかにすることが、理論の学びが自分をそうしたようにように多くの人々にも解放感をもたらすことはできないだろうか、考えるようになりました。同時に「主体(的)になる」ことが私たちの「存在」と「帰属」にこれほど核心的な概念であるのなら、実践を知らない私は特に、それをとにかくやってみる必要があるとも思いました。概念から入る実践としてではなく、実践によって活きる概念として主体を学んでみようと思ったことが私の主体への道への第一歩です。
政策の役割
人類学者はしばしば自然と文化の差異について論じますが、そこに政策が一枚噛むことについて触れることはほとんどありませんでした。日本は1945年から1952年まで連合国軍に占領された歴史を持ちます。戦後、特に1960年代から1980年代にかけての経済成長期は、占領政策の深い影響下にありました。これらの政策は「日本の集団主義対アメリカの個人主義」「日本の均質性対アメリカの多様性」といった物語を紡ぎ、社会に浸透させました。政策は歴史の結果を「文化」として、それが元来からの国民性のように扱い、国際分業を促進し、安全保障を強化しながら経済的影響力を拡大するのに「成功」したことは日本が一時期アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になったことが如実に語っています。
自然のコペルニクス的転回
今日、経済成長を最優先させる姿勢は持続不可能だという認識が広がっています。富から幸福への転換を図るため「国民総幸福量」といった概念が提唱されましたが、その成果は限定的でした。そこで国連はミレニアム生態系評価を行い、生態系サービス概念と環境経済会計システム(SEEA EA)という、自然を経済意思決定に統合する画期的な試みを生み出しました。自然資本や環境経営などの考え方は企業でも取り上げられるようになりつつあり、文化や社会を含む私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼすようになってきています。
文化がますます経済的手段として利用される時代において、生態系サービス、特に文化的サービスを知った私は目から鱗が落ちるような衝撃を受けました。大学院生時代から私は単にカリキュラムの一部だったという理由で日本のポップカルチャーを教えていましたが、文化が経済的なサービスとして位置付けられ、私もそのように文化を教えてきたことに気づいたからです。日本へ留学する学生に娯楽を提供して単位を消費対象商品として取得できるようにしている教育事業は果たして教育と呼べるのか懐疑的になりました。
お金を稼ぐことや娯楽を楽しむこと自体に問題はないのですが、こうした動機が学習カリキュラムをつくるようになってしまうようであれば、教育を見直さなければならないと思いました。資本主義の消費主義的思考は物品はもちろんのこと、知識や人間までもを商品化してしまいます。教育を単なる取引に還元する動きに教育機関は抵抗すべきだと確信を持ちました。
身体が資本
日本では「身体は資本」という言葉をよく耳にしますが、労働階級者に限った言葉ではありません。これは、スポーツやレジャー、運動、通勤といった身体活動が、健康な身体だけでなくバランスの取れた精神も育むという考え方にもとづいているのだと思います。つまり、社会で生きていく上で社会的・経済的資本は必要ですが、いかなる社会的・経済的資本でも代用できない「健康」という資本が何よりも必要だということを示唆している言葉だと思います。
この「身体が資本」という考え方は、文化(資本)が自然(身体)から生まれるサービスだということを表しているとも言えます。健康はもちろんのこと、スポーツや技能、芸能などの身体的なスキルは購入したりAIで複製したりできるものではありません。それらは長年にわたる身体を伴う、また身体化された実践を必要とします。つまり文化は人間の身体を通して得られた恵みなのです。
なぜ主体なのか?
大学院生のときから私はまちづくりに興味を持っていました。というのも、社会文化人類学の原点が「ヴィレッジ・スタディーズ」という村落の研究だったからです。ヴィレッジ・スタディーズとまちづくりは類似しているものの、後者は前者の視点を反転させているという点において大きな違いがあります。
ヴィレッジ・スタディーズがヨーロッパの理論を武器に非ヨーロッパ社会や文化を研究する社会文化人類学者の調査研究だとしたら、まちづくりは文化を創り出す実践そのものです。また人類学がそうするように、まちづくりは「専門家」である人類学者と「素人」である地元住民を区別せず、誰もが自らの村や街をつくる活動と研究に参画することを前提にしている点においても異なります。
大学院での学びはヨーロッパの理論を理解したり調査に適用できる人類学者にしてくれましたが、理論は今日のような複雑で先行き不透明な社会の問題を解決してくれません。高齢化、少子化、経済の縮小、増え続ける国の負債額といった多くの社会問題が存在している今日の日本社会に必要なのは理論よりも実践、そして実践から理論を再構築する作業なのだろうと思いました。
「主体」は魔法の力を持っているようだけれど、何を意味するのか。まずはそこからスタートしてみようと思い、私は主体になること、そして研究することに挑戦してみることにしました。